先生に捧げるバラ-ド 缶ピ-スとシナリオ、そして自由人

映写機から銀幕へ放射される虹の光線。

もうもうと立ち昇るたばこの煙。

むんむんする人いきれ。

酒。するめ。煎餅。ビ-ル。小便の臭い。

ごちゃまぜ大衆娯楽の館。

60余年前の映画館情景です。

・にあんちゃんと池田一朗

昭和30年代の半ば頃、

父に肩車をしてもらって観た映画が「にあんちゃん」です。

ぎっしり満員の映画館の後ろの方で、父は立ち見でした。

父の肩車から観たその映画は、白黒映画でしたが

主人公の少年と同年代の私は、なにか真っ赤な熱いものに駆られました。

貧乏は当たり前。

その当たり前の生活をぶち破ろうとする、少年と少女の物語でした。

社会人になって、「にあんちゃん」のシナリオを読んでみました。

昔の映像が鮮明に蘇って、シナリオライターの脚本家の

池田一朗先生という人となりを垣間見たおもいでした。

・偉ぶらない小さな大物

私なりの勝手な人物評です。

背丈は160センチあるかないかの小振りですが、

肝っ玉はでっかく、そしてナイ-ブ、また、お茶目なひと。

1974年当時には、テレビ時代劇の大物脚本家として活躍されていました。

プロデューサーと意見が別れ

配役陣の起用に納得できないとなれば、ケンカする。

例えば、時代劇の中に大衆受けのタレントを起用すること。

それは、商業テレビ時代劇の視聴率アップのためと

視聴者目線で時代劇を創る、池田節がなせるケンカだと理解する私です。

先生のシナリオの登場人物には、必ずと言っていいほど

幼い純粋な気持ちを持った配役がされていました。

にあんちゃん当時の、あの少年と少女が原点かと思います。

このようなことを言ったら、怒られるかも知れません。

とあるBARで、お茶目な風に

「一・暇、二・金、三・押し、四・顔、五・チャラ」

「遊び人の五箇条は、これってもんなんだ」と、先生ニヤリ。

「最後の、チャラってのが面白いとこ」

江戸っ子の先生は、酒が好き。女が好き。博打が好き。

遊び人でもあったと思います。すいません。

深く、探りは入れません。

チャラっと流しました。

・シナリオ修業

それまで、本を読むことはあまりありませんでした。

学生寮時代に、スタンダ-ルの長編小説「赤と黒」が読めたのは

恋と野望に憧れていた時期が、たまたま重なったからだと思いますが。

池田先生に出会ってからです。とにかくたくさん読みました。

レイモンド・チャンドラ-、アガサ・クリスティなどの推理小説から

ト-マスマン、エドガーアランポー、アーネスト・ヘミングウェイ

ジョン・スタインベック、トルストイ・・・

太宰治、松本清張、小林秀雄、夏目漱石、尾崎士郎・・・

ジャンルにこだわらず、ありとあらゆる本を読みました。

その頃、黒澤明監督の「七人の侍」「生きる」「天国と地獄」などの

映画にはまり、黒澤明監督の愛読書がドストエフスキー作品ということを

池田先生に話すと、

「ドストエフスキー」くらいは読まなきゃ。と、軽くあしらわれ

それからは、ドストエフスキーの「白痴「罪と罰」「未成年」「悪霊」

「カラマ-ゾフの兄弟」など全巻を、あまり深読みはできませんでしたが

何とか読んだものです。

池田先生は、東大仏文科卒業の超インテリです。その方が、

「本は何度も繰り返し読まないと」などと脅かすものですから

ドストエフスキーは、最低二回以上、全巻に目を通したものです。

写本もやりました。特に、シナリオ。

黒澤明監督の作品は、写本していても、映画を見ているようで

絵が浮かび、ワクワクした楽しい気分転換にもなりました。

「七人の侍」も写本しましたが、緻密な構成と台詞、ト書きなどは

リズム感あふれた、クラシック音楽の世界に遊ぶようで発見でした。

それでも、その修業を続けながらオリジナル作品を書いていくことは

人生経験の浅い青二才には、数少ない体験だけがヒントでした。

・オ-ルナイト映画三昧

映画館にもよく通いました。

封切館はめったにいけませんから、名画座専門です。

2~3本を同時上映するそこは、昼間には営業マンのさぼり場でもありました。

ポケットベルがピ-ピ-せわしくなっては、慌てて席を立って行くのです。

私も、二日酔いで仕事にならない時など名画座のお世話になりました。笑

今はもうなくなりましたが、

池袋駅東口から歩いて5分ほどの所に、「文芸座」「文芸座地下」という

映画好きな人でしたら、一度は足を運んだろう二つの名画座がありました。

平日は、洋画専門の「文芸座」。日本映画メインの「文芸座地下」。と、

出し物別に上映されているのですが、土曜日のオ-ルナイト興業は違いました。

「文芸座」だけで、テ-マを決めたプログラムを一挙に5~6本上映するのです。

高倉健の「網走番外地」シリ-ズや、イングマール・ベルイマン監督特集。

「エデンの東」「波止場」「ウエスト・サイド物語」などの青春映画特集。などなど。

その当時、映画館で酒、煙草の販売もありましたから、

高倉健の主演映画などになると、「健さ~ん!」と声高らかなファンの声もあちこち。

スクリーンの中の健さんと、ファンが一緒になった「文芸座」の目玉企画。

私も、一杯やりながら紫煙をくゆらせ観客と一体になって楽しんだものです。

朝7時ころ、「文芸座」を後に日曜日の都心風景を山手線からみた気持ちの良さ!

・大人と子ども

缶ピ-スを片時も離さず、ペンを運び酒を飲んでいた先生に憧れて

シナリオライターになりたいと思った私も青かった。

でも、世界一美味い煙草はショ-トピ-スという想いは同じ。

中でも、缶ピ-スは本当に最高です。缶代くらいサ-ビスしなきゃ。笑

酒のあてに、オムレツを好んでいただいていた先生に習って

私もオムレツや、卵焼きをあてに酒を飲みます。

しかし、酒の飲み方はゆっくり少量の先生は、プロのシナリオライター。

見習い生の私は、ピッチが早く大量の呑み助。プロ意識、まったく無し。

女命と、隠し文字を入れた名刺を持っていた先生の余裕のご愛敬にくらべて

がつがつ欲しがる腹ペコ狼の私は、餓鬼もいいところでした。

カラオケで歌う「網走番外地」は、心地よくお腹から声をあげる先生。

同じ「網走番外地」を歌う私は、首から上で吠えていたような気がします。

書き上げたシナリオを添削して下さる時の先生の、怖いくらいな集中力に

背骨を真っすぐ伸ばしたまま、趣味のいいネクタイを見つめていた。

とてもかなわない、人間の大きさは

うわべだけでも真似さえ出来なかった。

優しすぎるほど優しい細い目は、こちらの心を見透かしていたことでしょうね。

・最後の一万円札

数年間の池田先生との、なにやかやのふれあい。

シナリオの修業であり、遊び心の学びであり

自由人の生き方の素晴らしい手本でもあったと思っています。

「作家は、世間を捨てなきゃ」

「修羅を知らない奴は、信用しない」

中国大陸を転戦とした戦争中にも、

本を隠し持っていたと、ご自身が書かれています。

活字に飢え、深刻な寂寥感を抱きながらの終戦であったかはわかりません。

いきさつはどうあれ、食べるためにシナリオを書いた。

人がなんと言おうと、自由な自分で暴れまくった。

先の、ふたつの台詞に込められたものが

池田一朗先生の開けっぴろげな大笑に現れていた。

そう、私には映りました。

久しぶりに、

シナリオ研修生たちと、いつものように池田先生と飲んだ日。

午前3時ころ、私は仕事があるため先に退座しました。

先生に挨拶をして、一万円を置いて帰りました。

何も言わず、仲間たちと談笑されていました。

それが、池田一朗先生との最後の邂逅となったのです。

「水臭い真似なんかしやがって」

あの世で、大笑されていらっしゃればいいのですが。

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