無職の日々に呑む酒 ピエロたちの幻想は、底なしに笑える?泣ける?

2017年8月30日 

7月で解雇されて、1カ月が過ぎようとしています。

7月28日就労継続支援A型事業所を見学。

ハロ-ワ-クの紹介状を持参して面接が8月4日。

体験実習(8・9・10日、12日、14日)5日間を経て、

8月18日。不採用の連絡。

何とも言えない、虚しさが心をよぎりました。

午前10時から休憩時間1時間をのぞき、午後3時までの体験実習就労は

実りのない、タダ働きになってしまったわけですから。

8月15日、年金支給日。

支給額156,007円(7・8月分)。

8月25日、前の事業所から7月の給与支給。

支給額33,308円。

8月29日、失業給付金支給。

支給額21,736円。

銀行口座残高は、現在99,159円

9月の入金予定は、25日頃。失業給付金 約55,000円。

現在、もう一つの就労継続支援A型事業所で

体験就労を実施中です。

結果は、9月6日に出る予定ですが、

9月・10月は、かなり苦しい懐事情になると思います。汗

生活保護の申請は現実味を帯びて来ました。

しかし、

こんな日々の折に飲る酒は、また格別なものです。^^

・二日酔いで登校した小学校

10歳と言えば、私が小学校4・5年生くらいのほんの子供の頃です。

ケネディ大統領暗殺に、なにか寂しいけど変に興奮したり、

白黒テレビの「鉄腕アトム」に、ごはんを食べる箸が止まって。

ラジオとテレビからは、坂本九の「上を向いて歩こう」がいつも流れている。

狭いながらも、どことなく温もりのあった四人家族。

土間の台所には、夕食にちょっとしたハイカラな味付けにと

おふくろが、一升瓶の赤玉スイートワイン(赤)を置いていました。

あの当時、便所は家から少し離れたところにあり、小便は外に出てしたものです。

夜中に用を足して、台所で手を洗い部屋に戻ろうとフト目に入ったもの。

それが、赤玉スイートワイン(赤)。

喉が乾いていたこともあって、ついコッソリ盗み飲みをした。

甘くて心地よいのど越しのあとに、胃袋がキュ-と鳴って

おへその辺りから全身に、得も言えぬ快感が走った。

半分はあった赤玉は、残り3センチくらいになってたから水で薄めたのです。

二日酔いのまま学校に行きましたが、あとのことは記憶にありません。

ことの始まりは、あの時からでしょうか?

・夏休みの酒盛り高校生

おふくろの姉の長男は、私と同学年のいと子にあたります。

いと子は工業高校生、私は普通科高校生。

柔道部のいと子は、バイクと車に熱中して、

私は、いやいや大学進学の準備をしていました。

二人とも、幼いころからの遊び友達で

煙草も酒も高校の時から親しんでおりましたが、

いと子は、酒はそんなに好きではない。

私は、好きでしたが飲む機会がなかった。

夏休みには、いと子の家でよく飲みました。

田舎の山奥にあるいと子の家には、酒など置いてありません。

一滴も飲めない、いと子の親父さん。大酒呑みの私の親父。

町から調達してきた安いウイスキーを持参するわけですね。

夜9時には、別棟で寝てしまう、いと子の両親。

テレビをつけっ放しに、我々の酒盛りははじまります。

女の子のこと、学校のこと、これからのこと。

とりとめのない話は、次第に、こイキがった不良っぽい話へ。

飲んでいるうちに尾ひれがついて熱くなる。

安酒は、体に良くないことは分かっているけど

話のネタが無くなって来たら、飲むしかなかった。

挙句の果て、ゲロを吐いて、また飲む。ゲロ、酒、ゲロ酒・・・

胃の中が空になっても飲んでぶっ倒れる私を、いと子は面倒を見てくれた。

二人が夜中まで騒いでいるのを、一言も文句も言わない同居する人間が

他にふたりはいました。

爺ちゃんと婆ちゃんが、あの世から見ていた。

仏壇に置かれた二人の遺影。そして、長押(なげし)に祀られた代々の遺影たちが。

何も知らない、いと子と私は、お盆休みによく酒盛りをした。

今、思い返すと結構賑やかにご先祖様と呑んでいたのかも知れません。

田舎の山奥のわらぶき屋根の下で飲る酒も、今は昔です。

・ふたつの酒

お遊びとも言えない小学生の二日酔い酒にくらべて

学生寮の酒は、良くも悪くも夢のような思い出酒です。

補欠合格で入学した大学の学生寮時代。

飲み親友の二人が出来たことは、私の宝と思っています。

北海道から九州まで全国から集った学生寮寮生。

四回生を頭に、一回生の我々は、先輩寮生から酒の洗礼を受けるのでした。

もともと好きな酒を浴びるように飲める私と同類項の親友。

飲めない酒を無理やり飲まされて逃げ出した親友。

同類項の輩は、よくある話にすぎませんが

逃げ出した輩には、私が大酒呑みにさせた苦い経験があります。

・逃げ出した寮生

後者の親友は、北海道出身の黒川。一浪して入学した一つ年上の男です。

入寮歓迎会の時、飲めない酒を飲まされて倒れてしまったのです。

部屋に運んで介抱していた私は、黒川の喉元まで指を入れて吐かせようと、、、

思わず黒川に噛まれてしまいます。あまり痛くはありませんでしたが。

それから、腹の中のものをゲ-ゲ-大きな声交じりに吐き出したのです。

急性アルコール中毒症状は何とか止み、眠ってしまいました。

翌日にその話を知った黒川は、申し訳ない事をしたと

ぶっきらぼうな口調で感謝しているように私には思えました。

以来、なんとなくお互いに通じるものを感じました。

私の注ぐ酒は、素直に飲んでくれた黒川。

残念ながら、数カ月ほど経って、奴は逃げ出して行きますが

私に、引越し先の住所を教えてくれたのです。

・もうひとりの自分

酒のこともありますが、人になじめない、殻に閉じこもる性癖のタイプの黒川。

私はそんな人間に惹かれたりするのです。

麻雀。パチンコ。アルバイト。合コンデ-ト。フォ-ク。そして、酒。

ノンポリ寮生仲間たちの定番生活は、やはり青春を謳歌して面白かった。

ですが、時として阿呆臭くシラケ気味な虚しさを覚えることもあります。

眩しい光が鬱陶しくなったら、黒川の隠れ家にたまに遊びに行くのでした。

スエタ臭いがこもったアパ-トには、所狭しとエロ漫画やエロ週刊誌の山。

万年床に散らばるティッシュペーパー。テレビ。酒瓶。空のカップ麺。

ナマケモノ、ぐうたらの見本市でした。

私も負けずに、するめ、柿の種、ピ-ナッツ。ビ-ルにウイスキーを持ち込んで

とことん堕落の酔いどれなまぐさ坊主に変身するってわけです。

同居人がいました。二浪の同級生で同じく北海道出身の男は真面目そうに見えました。

飲んでみると気さくな明るいおっさんで、黒川とは良いコンビと思いました。

一軒家のアパ-トだったので、どんちゃん面白おかしくやりましたね。

三人それぞれ、ピエロみたく孤独な匂いに気をかよわせた夜を。

黒川の飲めない酒が、ガラッと変わってしまっていたのが不気味でした。

自分を見るようで・・・

・勝手な独り酒

隠れ家で暮らす男ふたりは、大学にも行かず三回生の半ばで中退します。

体調不良と、精神的な歪みがそうさせたのか、詳しくは分かりません。

たまに気分転換をしたくて、私は遊びに行きました。

相変わらずの、世捨て人風情が漂う黒川と同居人が無気力に見えたのは

私の勝手な思い過ごしだけではないと思っています。

黒川は、お見合い話で一時帰郷していましたが実りませんでした。

落ち込みはひどく、孤独の殻は固く閉じられ不信感の虜になっていた。

酒を酌み交わすと、私をにらみながら

「誰かにつけられている」

そういうと、急にへらへら笑いだす。

「元気出せよ」

口先だけの思いやりが、私にも黒川にもわかっている。

「チッ」

舌打ちし、あおる酒は、やけ酒狂い酒。

みじめな姿に胸が苦しくなりました。

誰にも悟られたくない自分に、酒の力を借りて誰かに話したくなる恥部。

黒川に恥部をさらけ出すこともしないで親友気取りで酒を飲んでいた、私。

64歳のプ-太郎は、

あの頃のことをつまみに、独り酒に溺れているのです。

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