今日、7月30日(日)の14時半ころ小包が届きました。
弟からでした。
送り状の筆跡は、弟の嫁さん。
「お元気ですか
毎日暑いですね
あの人が、ほとんど着ていない服です。
良かったらどうぞ!!
お体、気をつけて下さい。」
メモ用紙に、手書きのメッセージが添えてありました。
昨夜、弟と電話で話しをしました。
それを慮(おもんばか)って今日の小包になったと察します。
目次
・久しぶりの電話
一昨日の28日(金)午前10時すぎ、市役所に二つの用事で行きました。
一つは、私の難病申請の更新です。
もう一つは、生活保護の相談。
難病申請は、提出書類のチェックを受けるだけですぐに済みましたが、
生活保護の相談には、釈然としないモヤモヤ感に気が重たかった。
ある程度の予備知識は、ネットや風聞であったのですが、
いざ、相談員の上から目線の説明には身体がこわばりました。
・家賃の安い所へ引っ越しする。家賃補助35000円以下。
・車の所有は原則禁止。
・生命保険の解約。
いずれのケ-スも、私にとって不都合なものばかりです。
市役所を後にした私は、
7月31日の解雇日以降の再就職に備えて
先日の「障がい者事業所説明会」で目星を付けた
ある就労継続支援A型事業所へ見学に行きました。
こじんまりとした作業所に数人の利用者と管理指導員が二人。
何かの物入れ箱の組み立て作業と、自動車部品の加工作業をしていました。
これなら私にも出来ると思いました。
管理指導員から、ハロ-ワ-クの紹介状を貰って面接に来るように・・・
帰り際、「猫は大丈夫ですか?」と言われてあたりを見まわすと
作業所の片隅で、穏やかに眠っている日本猫がいらっしゃいました。
「猫は大好きです!」
愉快に言って、私はハロ-ワ-クへと向かいました。
その夜。弟に電話しましたが、出ません。
翌日の夜、弟から電話がありました。
・学歴の差
弟の最終学歴は私立高校卒業。私は、私立大学卒業です。
学歴の差はあっても、いま現在の地位は天と地。
弟は、会社役員を務めるNO.2の存在。
私は、バツイチ独身の放浪人。
父の昔ながらの考えで、長男は家を継ぎ次男は家を出る。
このような理由で、学歴の差が生まれたと思います。
しかし、この理不尽な押しつけが学歴の差を逆転させたのです。
弟への何かしら後ろめたい、すまないな、という思いは
今でも心の片隅にこびりついていますね。
「総領の甚六」。よくある話し、甘やかされて育った兄貴は
踏まれても雑草のように生き返る弟には負けます。。
性根の入れ方が違うんです!
・仕事に賭けた弟
チャルメラを鳴らしながら屋台のラ-メン屋を曳いていた弟。
まだ、二十歳そこそこの頃でした。
その頃知り合った看護学生の女の子が、いまの奥さんです。
私はその頃、東京で普通のサラリーマンでした。
屋台のラ-メン屋をしている弟を見かねて、ある人を紹介したのです。
当時の私の会社の社長でもありました。
私が尊敬する人物は二人います。
一人は、シナリオライターで作家でもあった「池田一朗」先生。
もう一人は、弟に仕事を仕込んでくれた「S」社長です。
義理と成行きで、私の広告会社の社長も引き受けてはいましたが
本業は、自転車の安全点検整備。自転車屋さんです。
お客様のパンク修理を、お店で待っているのが普通の自転車屋さんです。
ところが、S社長のお客様は新聞販売店。
毎日毎日、新聞配達する自転車の安全点検整備が仕事。
東京都内には、数知れず新聞配達用自転車があります。
そこに目をつけたS社長のアイディアのユニ-クさ!!
S社長も以前、新聞販売店をやっていたらしいですが、訳あって辞めます。
辞めたのち、縁あって新聞折り込み会社に就職。営業部長まで務めた。
しかしながら、組織の中で余りにもユニ-クな営業戦略に浮いてしまい退職。
最初の奥様を亡くされた時期と重なります、、、
時を経て、どん底から這い上がった。
一軒一軒、独りで新聞販売店を回り、少しずつ注文が入ってくる。
一人二人と人員を増やしていく。それでも、仕事は増えてきた。
自転車屋さんの仕事の粗利益率は6割強といわれています。
その当時、新聞販売店を一軒お客様にすれば自転車屋さんは喰っていけた。
そこにS社長が食い込んできたため、
S社長は同業者からずいぶんと嫌がらせを受けたりしたそうです。
嫌がらせをはねつけるには、信頼できる技術。
自転車安全整備士、自転車技士などの資格も社員に取得させます。
弟にS社長を紹介したのはそのころです。
3度目の正直。弟は、S社長に賭けたのです。
妊娠中の奥さんと、家財道具一式をトラックに満載して上京しました。
その当時からは少し時間はかかったのですが、集金方法を、新聞販売店からではなく
新聞社から直接口座を設け、その口座に振り込んでもらうシステムにしたのです。
S社長の経営戦略には真剣のキレがあった。
お腹の中の赤ちゃんのためにも
弟夫婦がすべてをなげうって一から生活を築いていくその姿はあっぱれでした。
・都落ちの兄と成長する弟
のんべんだらりとサラリーマンやっていた私は、何となく結婚をしました。
両親から故郷でお見合い話があると勧められ、トントン拍子に進みゴ-ルイン。
考えのない結婚は、たとえ子宝が授かっても先は見えている。
嫁さんは私の空虚な生活感を見抜き、赤ん坊を連れて去りました。
書くことすら忘れたシナリオの夢は夢でしかなく、
都会暮らしも仕事も中途半端なそんな自分に倦み、すさんでいた。
故郷へ帰ることにしました。
都落ちする私を、弟は奥さんと愛娘の一家三人で見送りました。
「S」社長に見込まれた弟は
途中入社のハンディを克服し、一段と成長していました。
・還暦をすぎた兄弟
30歳半ばで、埼玉県大宮市に一戸建て二階新築住宅を購入。
数年後には、神奈川県小田原市に一戸建て二階住宅を新築。
その数年後、同市の海を見晴らす高台に鉄筋一戸建て三階住宅を新築。
私の住宅事情を書くのが嫌になります。笑
築48年の実家に両親と同居。
5年前、父が他界。私の還暦。
4年前、母も他界。私はアパ-ト暮らしに。
両親の仏壇は、私のアパ-トにあります。
お墓は、故郷から小田原に移して弟の家の近くに立っています。
弟夫妻の娘たちも結婚して、
今、夫婦二人に愛犬一匹が暮らしています。
・弟からの電話
一日あけたその電話の意味は想像がつきます。
私の経済状況を把握する弟は、言うべき言葉探しに一日要したであろうか。
いつもは、間髪入れずに電話してくるのだ。
「兄貴、元気にやってる? 昨日、電話くれてたけど・・・」
解雇の件を洩らし、生活保護のことを私は話した。
「・・・」
「生活保護の申請をしたら、お前の所に通知が行くと思う」
弟が援助する気はない事は百も承知している。
「通知がきたら、断ってくれていいからな」
「そうするよ。悪いけど」
それから、ちょっとした世間話をして電話をきった。
その翌日に、小包が届いた。