『北の国から ’02 遺言 前編』愛のかたちとは? 結(ゆい)の光と影に純は?

『北の国から』は、1981年10月から2002年3月放送まで、
21年間にわたってお茶の間の人気ドラマとして愛され続けた名作です。

平成14年(2002年)から令和元年のこんにちに至るまで、
17年間にレンタルビデオやDVD、YouTube、そしてVODなどなど。
視聴できる機会はいっぱいありました。

これからもきっと、ファンは増え続け
じいさんばあさん、中高年、若者たち
少年少女、子供たちにも愛される作品。

そうであってくれると、ふじみるおじさんは信じています。

今回、紹介します『北の国から 2002 遺言』は、
文字どおりお別れの挨拶に似た、ラストメッセージであり
未来に向けた願いでもあります。

なるようにしかならないなら、くそ面白くない人生。
逃げも隠れもせず、立ち向かう裸の馬鹿野郎。

そんな人間がひとりくらいいてもいいじゃないか!

五郎さん、純、蛍。

蛙の子は蛙。

黒板ファミリーの血は争そえません。

目次

・ため息

突然の事故で亡くなった「草太兄ちゃん」作・演出による結婚式。

そのあと、すぐ生まれた子ども「快(かい)」と富良野の小さなアパ-ト暮らし
をしている『蛍』は、看護師として働いている。

草太から引き継いだ牧場経営に失敗し、社長の肩書きを背負いこまされた
亭主の『正吉』は、純とは別々に富良野を追われるように出ていった。

正吉、純それぞれに1500万円の借金返済義務をみやげに。

兄貴の純の住所は知っていたが、正吉の住所はまったく知らされず
もう2年近い歳月が経っている。

血のつながっていない「快」のことなどほっといて、他に女ができたの?
だとしても、毎月3万円の債権者への返済は滞ったことがないのは何故?

もういい。

私が決めた正ちゃんじゃん。・・・ね。

「私はずっと、あなたの帰りをここでいつまでも待っています」

快の寝顔に誓う蛍だった。

純は、そのころ羅臼で産廃物処理の仕事をしていた。

稼ぎのいい仕事をするため、各地を転々としていたが
1500万円の借金返済毎月3万円、、、で、計42年間。

あほらしくて途中でやめた。

現在、会社の先輩の世話で、無償で番屋に住んでいる。
ついに30歳になった純が痛切に思うことがある。

「家庭が持ちたい・・・!仕事から帰ったとき待っていてくれる、
やさしいぬくもりと匂いが欲しい!」

そんな余裕なんかない夢物語かな・・・。

今の純の唯一の愉しみは、夜中に交わす
むなしい出会い系サイトしかなかった。

借金返済に費やすお金を、純は平気でソレに使っていた。

もう一人出会い系サイトにのめりこんでいる若者がいた。

雪子おばさんのひとり息子、大介である。
16歳の大介は高校にも通わず、出会い系サイトで知り合った
まだ見ぬ恋人と富良野で逢う約束を信じて、やってきた。

純は仕事の疲れと、30歳の一人暮らしの淋しさを紛らわす道具として。
大介は親のすねをかじり、携帯に理想の愛をさけぶボンボンのおもちゃとして。

どちらが良いとか悪いとか関係はない。
寂しがり屋の二人がいて、その存在が劇中でちっぽけな調味料になっている。

純と大介は顔をあわせることはなかったが。

・てんねん五郎

「この誘拐魔!」

蛍は、頭にきていた。
かわいい盛りのひとり息子「快」を、黙って持ち帰る五郎にだ。

なんだかんだと屁理屈つけて、五郎の天使様「快」と遊ぶこと。
67歳の最高の生きがいを取られてたまるか!

しかし、母は強し。

「今度やったら警察呼ぶからね!」

ポカンと口を開いたまま、か細い声を吐く五郎だった。

「・・・快・・・!」

富良野の秋。

羊たちがのんびりと草を食んでいる、五郎の「石の家」。

そんなある日、「なかちゃん」のひとり娘「すみえ」が帰ってきた。

「よかったじゃねえか」

「よかねえんだよ」

聞けば、彼氏といっしょのご帰還で
できちゃった婚のお許しどころか、
「中畑木材」の跡継ぎにって顔、丸出しのすみえ。

その彼氏「清水正彦」。北大・理工科卒の秀才。
カタブツと思いきや、馴れ馴れしく図々しく、ついでに
目から鼻に抜ける頭のいいすばしこい奴だった。

バイクにまたがって突入してきた正彦、五郎を見つけると
いきなり両手で握手し、

「お目にかかれて光栄です!」

「ああ」

一気にまくしたてる正彦に、少々困り顔の五郎。

~~~さっき、すみえの母「みずえ」に案内されて
雪子おばさんの家を見て感動した。あの発想はものすごい。
あれは現代への警鐘(けいしょう)だ。文明社会への強烈な
風刺だ。・・・おじさんは本当に凄い人です!~~~

聞いていた五郎は、ブツブツ

「・・・金がなかったから捨ててあるもンをただ拾ってきて
組み立てただけで」

その夜。

お祝いの食事会も、正彦の独り舞台であった。

~~~新居を建ててくださることは嬉しいが、
木材を使うのはもったいない。雪子おばさんの家のように、
五郎おじさんにお願いして廃棄物だけで作っていただきましょう!
あっ。ついでにバイオ発電を試してみるチャンスだ!~~~

「はい」五郎が手を挙げる。
「バイオなんとかってなんですか?」

「いい質問です」指を立てて得意げに講義する正彦。

~~~さっきおっしゃった富良野に来る観光客が落とすものは
お金だけではありません。クソもかならず落とします。そこで、
クソを発酵させ爆発。電力を起こすことは可能です。やりましょう!~~~

クソガスが爆発する。電力が起こる。五郎は、興奮してたずねた。

「すると、そこら中クソだらけですか?」

木材屋のプライドをこてんぱんにされた、なかちゃんだったが
女房のみずえはまんざらでもなく、五郎の建てた雪子の家に憧れと
童心に似たポエムを抱いているようだった。

腐りにクサルなかちゃん。女房に五郎に拗ねた拗ねた。。。

考えごとをしながらやって来る五郎は、雪子の家の前でふと立ち止まる。

大介が丸太に座り、ピッポパッポピンピン携帯をいじっている。
五郎に気づき、携帯を隠す大介。

「オイ」
「・・・」
「クソ発電ってお前知ってるか」
「・・・」

「知らねえだろう」

インテリと勘違いしそうな空気が闇の中へ吸いこまれていく。

ポカンと見ている大介だった。

・ふらっとシュウちゃん

バイオ発電の図面を見つめながらブツブツひとり言の五郎。
なにがなにしてなんとやら。つまりは混乱しているのである。

車の止まる音に振り返ると、ひとりの女性が道を上ってくる。

ゆっくりと立ち上がり、手をかざしてみる五郎。

「・・・シュウちゃん!」

「しばらくだったなあ、元気だったのか」

「うン。元気」

~~~3年半余りの歳月は、五郎にもシュウにも一瞬の空白に思われた。
草太の葬式以来、純との仲は倒産劇によって消滅した格好になっていた。
純に何もしてあげられなかった自分を責めたこともあったシュウ。
みんなに迷惑かけちまったけど、純だけの責任じゃない。回りまわって
貧乏くじ引かされた。かわいそうな奴だよ。~~~

しめっぽい話しはこの二人には、混浴露天風呂以外は似合わないさね。笑 

いま、シュウが風呂を焚き五郎は湯煙の中、鼻歌を歌っている。

「シュウお嫁にいくんだ」
「・・・そいつは淋しくなるな」
「ゴメンナサイ」
「いや。・・・おめでとう!」
「ありがとう」

「ねえ」
「ああ」
「純君に手紙書いたの」
「・・・」
「純君今どこにいるの? 居場所教えて」

「教わってどうなるンだ」
五郎のまぶたに浮かぶ汗が散る。

「もう忘れろよ」

「そうだね」

湯上りの五郎が、シュウの去っていく後ろ姿を見ている。

テラスのテ-ブルの上に小さな手紙。
その上にちょこんと石が乗っている。

手にとる五郎。
その時、顔がゆがみ痛そうに体を折る。
手紙をつかんで中に入った。

腹を押さえたままうずくまる。
あぶら汗が額に光っている。
這って水がめまでたどり着くと水をがぶ飲みする五郎。

その脇に置かれたシュウの手紙。

・教え子同士

羅臼。

海岸沿いの浜辺の丘の上にある一軒家、「番屋」が風雨に晒されている。
ボロ屋ながらも、純が一人暮らすには身の丈以上である。

ずぶ濡れの純が玄関口の郵便受けに目が止まり、
一通の濡れた手紙を手にとって家の中へ。

シュウからの手紙だった。

雨水で滲んだ文字たちが、純との終焉を可愛いらしく告げていた。

「もう忘れろよ」

五郎の声が聞こえたようだった。

スト-ブの赤々と盛んな炭火に、純はそっと手紙を放った。

ついこのあいだ、埠頭で仕事中に見かけた一人の娘。

市場で、
ゴムのつなぎを着て、リフトで魚函を運んでいたら
運悪くよその軽トラと接触して魚を放り出してしまった。
お互いの不注意で軽いいざこざになるが、その娘は無視。
自分の魚だけを拾い集めているとき、純が手伝ってやる。
ちぎれかかった魚を娘に差し出すと、ぽ~んと海に投げた。
あきれる純を軽くイナし、ペロッと舌を出すその娘の笑み。

「純いくべ」

先輩が、いいからほっとケ、声をかけた。

走る収集車の中、運転中の純が何気なく先輩に

「鮭が上ってきてるンですって?」
「ああ、来てるべな。ホレ見ろ。あの山」

オオジロワシが勇壮に飛んでいる。

川をピチャピチャと遡上する鮭の群れを見ている純。

近くでは小学生たちが先生に課外授業を受けている。

どこか聞きなれた懐かしい声に純が振り返る。

とっさに川の流れの中を先生のほうへ歩いていく。

「凉子先生・・・じゃないですか?」

怪訝そうな顔で純を覗くように見つめる先生に、

「純です! 富良野の・・・黒板純です!」

「純くん・・・!」

晴れ晴れとした輝きが満面の笑みとともにはじける凉子先生。

草原を駆け抜ける純の車。

~~~凉子先生は羅臼から60キロばかりの中標津(なかしべつ)の
学校に赴任していた。あの日、偶然にも鮭の遡上を見に羅臼に来ていた。
懐かしい凉子先生! つぎの日曜。先生に逢いに中標津へ走った~~~

教員住宅アパ-トだろうか、
やっと探してたどり着いたこじんまりとした中古の平屋建て。

ノックすると同時に歓待の笑顔で凉子先生が迎えてくれる。
偶然もう一人の教え子が遊びに来ていた。

市場で会ったぺろりと舌をのぞかせた娘。

凉子先生が紹介する前に、
純は軽くうなずき娘はまた舌をペロリ。

「顔見知りだったの?
こちら、結(ゆい)ちゃん。そして純くん」

それだけで充分だった。

凉子先生にご主人。純と結。
4人家族が久しぶりにはじけたような
一時の団らんはあっという間にお開きとなった。

土砂降りの帰路を通り過ぎる純の車。

さきほどまでの凉子先生宅の余韻に包まれて
言葉少ない純と結は何かしらの想いを共有していた。

羅臼に着き、帰り際に手をかるく振って別れた。

傘をさしてゆっくりと歩く結の姿が切なく、純に映った。

純の住む番屋のポストから濡れた手紙が覗いている。

・賞味期限切れ

数日後の夜10時50分過ぎ、
結のアルバイト先のコンビニをふらっと寄る純がいた。

入ってきた純の気配に結も目線を交わす。

レジに弁当を差し出す純から弁当を取って
別の弁当を持ってきた結。

お金を出そうとする純に
「いいの、あと少しで賞味期限切れだから」

何のことかわからない純は、お金を引っこめない。
だからいいと言ってるじゃないと目でものをいう結。

「どうしたの?」
店長が割って入る。

「460円になります」
サッと純のお金を奪いレジをうった。
「ありがとうございました」

レジ袋に弁当を入れながら
”ド・ジ”と口パクした結ちゃん。

弁当を受け取った純ちゃんの手のひらにはメモが。。

『ごめん また来て』

帰宅して弁当を頬張る純。
さっきのメモの意味を噛みしめながら食べる味は格別だった。

賞味期限切れ弁当に味をしめた純は
結の気遣いに遠慮勝ちにではあったが甘えん坊。

そんなある日、
結のパ-ト明けまでコンビニの外で待っていた純。

「家まで送ってやるよ」

警戒心より好奇心の勝る結は内心、嬉しかった。

ポンと放るリンゴをキャッチする純。
そのしぐさを見ながら、サクッと一口かじる結。

「いつも悪いな」
「いいのよ、どうせ捨てちゃうんだから」

歩きながらそんなことを話すふたりだったけど
純の下心は結にはお見通し。

休日は二人とも日曜日。だから何?

カプっとリンゴを噛んだ結は
何気なくつぶやいた。

「賞味期限切れ」

さっそく次の日曜日にドライブだ。

自分が何をしゃべったかよく覚えていない純に
草太兄ちゃんの霊が乗り移ったように、喋りまくった。

富良野の話。父さんの話。
草太兄ちゃんの話。その牧場経営に失敗した話。

とにかく勝手に気ままに口が止まらなかった。

結のほうは、ほとんど何も喋らなかったけど、
あたたかく純の話を聞いた。

大木に寄り添い耳を傾ける結。
「ほら、聞こえる」

結の指先が純の手のひらに触れる。

私のこと聞こえない?

それから二人で逢う日が少しずつ少しずつ増えていった。

同僚の先輩(拓ちゃん)と、その親友(寅ちゃん)の話を聞くまでは・・・

純の番屋にその二人が来て
言いにくそうに、諭すように

「お前、あの女はやめとけ」
「一応、人妻だ」

キョトンとしながらも信じられない純だった。

結の亭主は、2年前に他の女と勝手に出ていったきり。
また結の義理の父親は、結をとっても気に入っていて
実質的には、結の亭主をその父親が追いだした形らしい。
結はその父親の家に今でも一緒に住んだまま。

「な。やめとけ」

純にとって結との一番の障がいは、「高村」という義理の父親だ。
通称ートド。トド撃ちの名人で、ある時など嫁にちょっかい
出した男を流氷から突き落としたと。にらまれたらおしまいさ。

「あの女は諦めたほうがいい」

義理の父親が純に照準を合わせて『ドン』とライフルを撃った。
結が純を見つめながら『カプッ』と真っ赤なリンゴを齧った。

”賞味期限切れ”

・健康診断

富良野。

「父さん、健康診断の予約をすっぽかしてしまうなら快とは会わせません」

蛍の伝家の宝刀にしょげてしまう五郎は、とにかく医者と病院が苦手なのだ。

看護師の仕事がら、富良野市内のアパ-ト暮らしは蛍の生活スタイル。
一方、五郎は快を傍に置きたいので雪子おばさんの近くに家を建てたい。

娘と父のたわいない綱引きだが、快はあっけらかんとケラケラ笑っている。

五郎は、雪子おばさんのすぐ近くに蛍の家を建てるのを諦めた。代わりに、
中畑木材の娘すみえと、あのクソ婿との新居にと金を払うからと頼むなかちゃん。

そこらに捨てられているモノばかりで家を建てるとは、
中畑木材社長の「なかちゃん」の立つ瀬がないではないか。

しかし、多勢に無勢。

「女房のみずえまであのクソに乗せられて」

「婿さんもらうのも大変だな」

呑気そうに言っているが、来週の精密検査の予約が
キリキリ胃のあたりを締めつけるのであった。

検査当日。

胃カメラに七転八倒する五郎の胃に
梅干しの種が見つかる。

五郎の仲間から教わった丸のみ療法だったが、
さすがに梅干しの種は溶けるはずがない。

急遽、梅干しの種を取り出す応急処置となり
胃カメラ検査は普段の倍の苦しみに五郎はちびった。

MRI検査など一通りの検査は終わった。

五郎は病院のあちこちで聞えてくる不吉な声に敏感に反応していた。
担当医師から聞かされるお決まりの「お疲れさまでした」に、
どんどん疑いの気持ちが膨らみ一人ぼっちの自分を感じていた。

「念のため、来週の火曜日に大腸検査をしますので」

五郎は、小さく聞いた。どんな検査ですか?
「お尻からカメラを入れます」

途方に暮れながら、待合室を通り過ぎていく五郎。
その五郎に気がつく余裕もなく、待合室で

「中畑さん、どうぞ」
なかちゃんが心配そうにして診察室へ入っていった。

大腸検査もおわり、診断結果を待つ五郎に
あのなかちゃんのクソ婿から言われたセリフが甦る。

「癌とは言いません。それから、患者と目を合せません・・・」

果たして医師は、

「特に心配するほどではありませんね」
何十枚ものレントゲン写真を見ながら医師はのたまう。
とっさに五郎が
「先生。私の目を見てください!」

医師は少しばかり驚きながらも五郎の目をつくづくと覗く。
二人のにらめっこは、傍からみると三文喜劇である。

狐と狸の化かしあいに真実は何処へ?

「検査を頑張った父さんに、快との自由時間を許します」と、蛍。
しょんぼり五郎が、やけくそ感覚で喜んだころこんだ。

さっそく快と鬼ごっこ。
もういいかい? まあだだよ もういいかい? もういいよ。。

そんな自由時間のころ、蛍は病院で純の債権者に捕まっていた。
”毎月の返済額3万円が、半年で滞っている。どうにかしてよ”

顔見知りの患者たちの前で、ひたすらに頭を下げる蛍だった。

その上、不運が重なった。

帰宅した蛍は、快が居ないと気づき、「もお、父さんったら!」。
車を飛ばして五郎の家に怒鳴り込んだ。が、
「寝かしつけて来たよ」と、五郎。

蛍のアパ-トへ二人はUタ-ンして快を捜すが居ない。
切羽詰まって蛍が110番通報した。ら
鬼ごっこの時に五郎が隠れた浴槽で、快はぐっすりおねんね。

ひと安心の五郎に、蛍はなぜか喰ってかかった。

「おにいちゃん、借金返してないってさ。私、病院で恥掻いたよ。
父さんから、ガ~ンと言ってやってよ!」

ポツンと五郎は返す。
「何かの手違いだ」

声を荒げて吠える。
「純はそんなことする奴じゃない!」

完全に切れた五郎は、
深夜の道を歩いて帰っていった。

・プロポーズ

羅臼。

番屋にひとり、純が申し訳なさそうに
五郎からの手紙を読んでいる。

債権者への借金返済が自分の身勝手なせいで払っていない。
どうしようもない自分を責めてもどうしようもないんだ。

父さん。すみません。手紙を放った。

結の事情を知らされてから、会うのが怖かったが
借金返済にあてる筈の3万円程度のメ-ルだけは続けていた。

>結 キョウハ ニチヨウビデスネ?
>純 ソウデスネ
>結 ナニシテイルンデスカ?
>純 ナニモシテマセン
>結 アエマセンカ?
>純 ・・・ゴメンネ
>結 ドウシテデスカ? 
>純 
>結 ドウシテデスカ? ドウシテデスカ? ドウシテデスカ?

寝っ転がってメ-ルをしていた純は、電源を切った。

番屋の戸板がバンバンと叩かれた。

ノロノロと立ち上がり入り口のカギを外して戸板をガラッと開けると
結が玄関の外で携帯を握ったまま、足を組み座り込んで純を見つめていた。

「メ-ルより会ったほうがいいっしょ。 入っていい?」
「・・・ああ、どうぞ」

慌てて布団をたたみ、結をまねく純である。
すばやく部屋の中を見回して、片づけを始める結。

と、何かを見つけた。
柱にセロハンテ-プで貼った、あのメモ。

『ごめん また来て』

照れる純のすぐ前に腰をおろし
頬杖をついて、にた~と意味深な笑みを浮かべた結。
この~って、純の額を突っついた。

照れっぱなしの純。
お構いなく片付ける結が何気なくカ-テンを引っ張ると
洗っていない洗濯物の山が崩れ出た。純ちゃん、隠す隠す。。

「洗ったげる」
世話女房気取りの結ちゃん。。

河原で薪を焚いている横で洗濯物を干している結。

「どこで知ったの?」
「何を?」
「わたしがまだ人妻だってこと」

純に返事がない。バレバレだった。

「やっぱり、そうゆうことか」

追いだした亭主の家にいる結の今の父と、死んだ結の父親は親友だった。
母も死んで、ひとりぼっちの結だからと特別に可愛がってくれる今の父。

「怖い人だって?ホントは怖い人じゃないんだけどな」

そう言われても信じられっこない。それに

「ご主人とは正式に別れてないんだろ?」

「籍はね」

洗濯した冷たい掌を火にあてながら、

「私に本当に好きな人が現れたら、いつでも抜いてやるって、父は言ってるわ」

純は人ごとみたいにボーっとしている。

「純ちゃん、覚悟ある?」 焚火の炎が眼に映えている。
「え」

「私をお嫁さんにしてくれる気ある?そういうつもりで付き合ってくれてる?」

結の掌が、純の手に触れ重なり、握りしめ。

え。

純にとって常識ではない、これはプロポーズだった。

「父がねえ、近々会いに来ると思うわ」
「え」
「純ちゃんとメ-ルしてたの父にこの前見つかったの」

純はほがらかに笑うしかなかった。

・トド

番屋の外。
早朝の歯磨きは眠気覚ましに効くが、もっと効くのは
誰かに背後から狙われている恐怖感である。

純の歯磨き口ゆすぎ、ペッと吐く3拍子のリズムが一瞬狂った。

まさか。そのまさかが当たった。
恐る恐る背後の海をみると、舟の上から双眼鏡を覗く男。

「トドだ」

なにも、みそ汁を飲むのに腰をかごめながらはおかしい。
わけは、トドの狙い撃ち双眼鏡をかわすため。

蛙が這って歩くようにして純は窓のすき間から海を覗く。
さっきの舟もトドも見当たらない。

携帯が鳴る。結ちゃんだった。

「父が会いたいって。海岸に温泉が湧いてる所あるっしょ。
あそこに今いるって。がんばって」

純に一言も口をはさむ余裕を与えない、結ちゃん。
女のプロポーズは伊達や酔狂じゃなかった。

八代亜紀の「舟唄」をトドは唄っていた。
蛇ににらまれた蛙の純は自己紹介から始め、富良野の家族
仕事、借金に至るまでしどろもどろで喋った。

海岸の温泉に男2匹、真っ裸のおつきあい。当然

「もうやったのか?」トドは訊く。
「とんでもございません」純は答える。
「嘘をつけっ」
「神に誓ってやってません」
 ・
 ・
 ・

男というものは疑い深く、女よりたちが悪い。

「トドの金玉、見たことがあるか?」
「ありません(泣)」
「今度見せてやる。うちへ来い!」
「はいっ(涙)」

初対面の二人はこんなところだった。

番屋にたどりついた純に、さっそく結から

>結 ドウダッタ?
>純 ビビッタ!
>結 ウマクイキソウ?
>純 タブン、ダメソウ

・拾ってきた町

誰しも今の生活に不安と疑問を感じている。

夫の正吉との結婚生活に、蛍も同じ思いだった。
2年も音沙汰がないのは、快のせいなの?
自分の本当の子どもじゃないことがそうさせてるの?
このまま結婚生活を続ける気はあるの?

もしも、その気がないのなら
もしも、重荷と感じているのなら・・・

コンコンとナ-スステ-ションのガラスがノックされる。
振り返る蛍に、中畑のおばさん「みずえ」が手をふっていた。

「どうしたの?」
「検査入院」

病室にみずえと蛍が母娘みたいに談笑している。
ベットの上で枕を背もたれに明るく話す、みずえである。

来春の4月にみずえのひとり娘「すみえ」が結婚式を挙げる。
その新居を、雪子おばさんの家のように廃棄物ばかりでつくりたいの。

みずえは嬉々として蛍に語っている。
そのあたりに捨てられている物が宝石に見える、なんて

「五郎病だ」と、蛍。
「そお、五郎病」

「この前ね、わたし夢をみたの」

~~雪子おばさんの家の周りには、すみえの家とか・・・
蛍ちゃんの家。純くんの家族の家もあって。その周辺は
廃棄物だけで作られた、童話の世界が広がっているの。
広場もあって、ヨ-ロッパの景観みたいに洒落た敷石で
繋がってて。よく見ると敷石はアスファルトを小さくした
そこら中に転がっている廃棄物なのよ。~~

「拾ってきた町」

生き生きとして話す、みずえだった。

時を共有して、同病院の診察室から
みずえの夫である「中畑和夫」が、一礼して出てくる。

沈痛な表情を浮かべて帽子を浅くかぶる、なかちゃんだった。

・愛のかたち

雪子おばさんの家につづいて2件目の家を建てている五郎。
のどかな景色の中、ゆったり楽しみながらやっている。

「ちょっと聞いてよ兄さん!」
雪子が、信じられないって顔で駆け込んで来たのだった。

~~いつも携帯をいじっている息子の大介が、雪子に一言も
口を利かないので不信に思い問い詰めた。大介の返事は恋人と
富良野で会うらしいが、来ない。顔も知らないし声も聞いたことがない。
すべて携帯のメ-ルだけのつながり、メル友でしかない。~~

五郎が大介に事情を聞いても返事もしない。
息子が歯がゆい。情けない。雪子は叫んでいた。

「携帯の出会い系サイト?知りあった?どこの誰かも知らないって?
大介、あんた騙されてんじゃない!?」

携帯をいじっている手を止め、雪子を睨みつけて出ていった大介。
五郎は後を追って飛び出した。

なかちゃんが建築現場に戻って作業をしている姿がみえる。

とつとつと話す五郎、無関心を装う大介。

「ふつう、男が女に惚れるってのは、このお、相手の顔や声や、
相手の匂いや、触ったときの、肌の具合」
「いやらしいなあ!」 大きい声が出るじゃないか、大介。
「あ、いや、そうかな だけど普通そうだぜ」
「古いんだよ」

「大介。半年間付き合ったけど、顔も知らん住所も知らん声も知らん。
それで好きあってるなんて、そんな変な話どうしてもオイラにゃよお」
「ムカつくなあ!」 図星だろ、大介。ほい、言い返してみな。

ーー会ってなくても知ってるっていうの。おじさんの時代とは形がちがうの。
ダッせえな。こんなゴミばっか拾ってきてっから遅れっちまうんだよ。ーー

大介。破れかぶれの最後っ屁を放つ。

「愛のかたちが変わったんだよ。もうオジンの時代とは時代が違うんだよ!」

気配がした。
いきなり、ぶん殴った「なかちゃん」。倒れた大介に、

「馬鹿野郎!愛なんて言葉をな、きやすく口にするな!
何もわかっていないハナっ垂れ小僧が。それにな、時代とかオジンとかいうのも。
オジンと言うなら俺と勝負しろ!おい、俺と勝負しろ!」

なかちゃんと大介の勝負はありえない。大人とガキだ。

「ダサすぎるよ、おじさん」
「そうか」

あっさり大介を放す、なかちゃん。しかし、怒りの芯は残っていた。
殴られた頬をさすっている大介の手から、携帯をもぎ取るなかちゃん。

必死に追いすがる大介を振り切って、ポーンと携帯を川へ放った。

狂った叫びが放心状態を巻き起こしたまま、
水車が回る流れの中を大介は携帯を必死に探している。

五郎も雪子も、その光景に声も出せない。

一心に釘を打ち込んでいるなかちゃん。

「ありゃ、ちょっとやりすぎだ」
五郎が声をかける。

「今日のなかちゃん、いつもと違うぜ」

トンカチを打つ手はせわしなく。

「そんなに詰めるな。
仕事は、のんびりやりゃあいいんだ」

「のんびりできねえんだよ」
「なんだ」
「時間がねえんだ」

「どしたんだ」

鼻水が風に飛び悔し涙を耐え

「女房の癌が再発した。

医者は、春まで持つまいって言いやがった・・・
急いで建てねえと、間に合わなくなっちまう

あいつは、このうちを楽しみにしていたんだ」

泣きながら話すなかちゃん。五郎、みかねて

「みずえちゃんは、そのことに気がついてるのかい?」

「わからねえ、たぶん・・・    わからねえ」

五郎、どうしてやろうもなく

なかちゃん、男泣きに泣きに泣き

富良野の秋が、終わろうとしていた。

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