さよならは言わない、一輪の花が咲く。ひっそりと胸の片隅に・・・

顔に似合わず、私は奥手です。

恰好つけているのか恥ずかしがり屋さんなのか
それとも、プライドが高すぎるのか?
いえいえ、そんなことはありません。

街なかを何気なく歩いている時に、
向こうから背筋を伸ばして颯爽とこちらに近づいてきた女性の
きりっとした表情にハッとする。

美人とかの問題ではなく、ある種、圧倒されそうな「気」にイイナッと思う。
私には、そのすれ違いにも「恋」を感じてしまうのです。
浮気性と言われても気にしません。

そのような「恋」を年がら年中しています。笑

しかし、今までに恋に舞い上がった経験は、一度しかありません。

深みにはまり、へとへとになってもなお、愛さずにはいられない。
そんな若気の至りに、いつかのあの情熱を思い出していただきたいと思います。

・出会い

節目の年、30歳を迎える頃の話です。

「ちあきなおみ」の”矢切の渡し”が大ヒットして、
酒場では有線放送から毎日流れていました。

つれて逃げてよ・・・♪

最初のフレ-ズに、飲む酒のしみわたる酔い心地は何とも言えない。
まさか、あの歌の世界が現実になるとは夢にも思わなかった。

あれほど夢中になっていたシナリオの勉強も熱が冷め、
池田一朗先生とは連絡も途切れていました。
風の便りでは、脚本家から小説家に転じられたとのこと。
後ろ髪を引かれる思いをごまかし、転職した広告会社で私はサラリーマンしていました。

前の会社にいた、女性営業マンからの紹介で転職したその会社は
東京の下町、葛飾区にありました。映画「男はつらいよ」の舞台として知られています。
「矢切の渡し」も葛飾区の名所となっていますよね。

会社の仕事帰り、同僚たちに誘われるまま飲みにいきました。
居酒屋で飲んで食って、ある程度できあがり、ついでにもう一軒となり私もおつきあい。
明日は日曜日。心おきなく飲めます。外は寒い冬。熱燗が欲しい。
連れていかれたお店は、こじんまりした庶民的な小料理屋さんでした。

同僚たちは顔なじみらしくて、迎える女将さんも手慣れたもの。
私も気楽にそのお店に入って、女将さんに挨拶をしました。
50歳ころの、品のある愛想よしの女将さんは綺麗なひと。

「いらっしゃいませ」

声の方に目を向けると、女将さんそっくりな若い娘が会釈して笑っていた。
真珠のような真っ白い歯。クリっとしたあどけない眼に輝く濡れた瞳。
可愛い綺麗なひと。女将さんの娘さんか?
ポッとなっている自分がいました。

周りの同僚たちは、ひやかし気味な笑顔で二人を見ていた気がしましたが、、、
あとから聞いた話では、誰が一番にものにするか、争奪戦の真っ最中だったとか。

その子の名前は「優子」と言い、本名でした。
私も姓名を告げると、

「熱燗でいいですか?」

飲みたかった熱燗を、お猪口でゆっくりとあけて

「優子さん、いかがですか?」

うれしそうにいただいて下さいました。
初対面なのに、差しつ差されつ。私は夢を見ているようでした。

結局、閉店時間まで腰を上げませんでした。

・愛し愛され

かなり飲んでいた私は、カウンター席でうつ伏せに酔いつぶれたフリをしていました。
同僚たちは、優子さんをもう一軒いこうと誘っているように聞こえる。
私へのリベンジだったのかもしれません。

「母さん、いい?このひとたち送ってくる」

ややあって、

「気をつけてね、いってらっしゃい」

小さなスナックに流れ込んだ酔いどれたちの中に、天使さま一人。
ボリュームいっぱいに歌う同僚たちは、やけくそ気味のようにみえました。
美味しそうな油揚げを、とんびの私がなんとやら。

優子さんと私は、となり同士に座りカラオケに負けずと大きな声で喋って。飲んで。笑って。
バラ-ドが流れると、優子さんをダンスに誘っていました。
身長は思いのほか低く、私の肩くらい。172センチある私は、見おろす格好で踊りました。

髪に軽く鼻で触れる。ほのかに薫る石鹸の匂い。汗を掻いた額から微かに漂う香水。
密着した躰と躰はお互いに何かを期待している。眼が絡みます。何も聞こえない。

そっと唇を重ねた。強く抱きしめた。目をとじた。激しく求めていた。永遠の抱擁。

帰宅したのは、朝方。タクシーで誰かに送ってもらったようです。
昨夜のことが走馬燈のようにグルグル二日酔いの頭を駆け巡った。

月曜日に出社すると、何もなかったように同僚たちは振舞っていました。

引き出物にいただいた「鰹節」を土産に、小料理屋を訪ねたのはあの日から数日後でした。
優子さん目当てはみえみえでしたが、土産一本あれば大義名分はたつ。

女将さんは、鰹節を大変気に入ってくれました。
2~3人のお客を相手にしていた優子さんは、すぐに気がついていたはずですが、
「いらっしゃいませ」のひと言だけ。目の前のお客をはなしません。

女将さんがお相手してくださり「先日は、いろいろとありがとうございました」
いろいろの意味を何気なく考えながら、飲んでいた。

「お客さん、お待たせしました」優子さんの登場です。
私は、煮え切れない思いでした。恥ずかしかった。言葉も途切れてしまう。

看板時間になり、席をたちました。逃げるようにして店を後にした。

コンコン  コンコン

寝酒していたら、誰かがドアをノックする。

「わたし、優子」

ただただ嬉しかった。ドアを開けると飛び込んできた。むしゃぶりついてきた。
優子はかなり酔っているみたいだった。

「よしき、さっきはごめんね」

そのまま、せんべい布団に倒れこんだ。涙がでるほど嬉しくて嬉しくて!

優子と初めて愛をさけぶ夜だった。

・疑惑

給料日前には、優子のお取り計らいに甘えた。

お店で飲食したあと、メモをそっと渡す。”お金がありません”

優子は、女将さんの目を盗んで、私のポケットにお金をそっと忍ばせる。

「ありがとうございました」

目配せして、笑っていた。

寝物語に

「優子、いつもすまない」
「言わないで、よしき。いいの」

そんな優子が愛おしく、ひと晩で何度も何度も愛し合った。
朝の太陽がまぶしくて、グレ-がかったオレンジ色に見える。
やりすぎたかな^^

ある日、会社の社長に呼ばれた。
同僚たちから、二人の仲を聞かされたらしい。
地元の葛飾で新聞販売店も経営している社長だった。

優子には会ったことはないが、いつも羽振りのよい生活力は
あの小料理屋だけでは賄えるものではない。
何か訳ありのことがあるかもしれないので、
それとなく、尋ねてみることも悪くはないのでは・・・

優子には子どもがいることは知っていた。
二十歳ころに結婚して、別れたそうだ。
実家の向島に帰り、生命保険の外交員で子どもを育ててきたと聞いていたが。

開店したばかりの、あの小料理屋。何処から、開店資金を?
実家の稼業は雑貨店らしいが、開店資金の調達には無理がある。
ましてや、優子の生命保険の外交員は子育てのため。

「優子」

私は、率直に尋ねた。

・修羅

うつむいたまま優子は何もいわない。長い時間、凍り付いている。

「代議士先生の選挙をお手伝いしていたの、優子」

はじめは、よくわからなかった。代議士、選挙、お手伝い。

「外交員を辞めて、向島の料亭で働いていた時、先生に声をかけられて」

「優子、君は」

よくある愛人関係のなれそめだった。
代議士の立場を利用して、お金で女を囲う。面倒もみるから、二号さんに。
小料理屋も、代議士がスポンサー。女将さんの仕事まで面倒みたというところだ。
おそらく、優子の子供の養育費も。

たまに優子は、

「二、三日用事で会えないの、ごめんなさい」

それほど気にとめていなかった。
しかし、今はどうしようもなく腹わたが煮えくりかえり嫉妬に狂いそうだった。

「近いうち、その代議士に会って話がしたいな」

「会ってもどうにもならないわ」

「会って俺の気持ちぶつけたいんだ。わかるだろう優子?」

「よしき。ありがとう・・・」

呑み込んでしまった言葉に、なるようにしかならない彼女の苦悩が見え隠れしていた。

代議士の連絡先はすぐわかった。自宅にいた。
奥さんが取り次いでくれ、I代議士に代わる。
私の素性を話し、優子とのことをぶちまける。会って話しがしたいと。
親子くらいな歳つき。相手にされなかった。それでも喰いついた。

「さっきの人、奥さんですよね」

「優子から聞いていないのかな?家族ぐるみの付き合いをしているよ」

言葉がなかった。

「野垂れ死にでもするがいい!」

公衆電話ボックスを出ると街の喧騒が嗤っていた。

一升瓶が部屋に散らばっている。
今日までの予定で、I代議士の別荘に優子は行っている。
妄想が酒の量に比例して酔うほどに膨らんでいった。

車の停車音。
階段を駆け上がりノックもしないで入ってきた。

「ただいまっ」

ぬけぬけと。勝手にしろ。そっぽをむいた。

猫がすり寄って「ナ-ゴ」と鳴く、あの調子で

「よしき、どこか連れてって!」

涙で目を腫らしながら微笑んでいた。

優子の車を何処行くあてもなくアクセルを踏んでいた。
スピ-ド違反、飲酒運転、信号無視。
寄り添う優子は、力いっぱい私を抱きしめて眠っていた。

I代議士が小料理屋に来ていた。

優子が教えてくれたのだ。私は、ネクタイ姿で出かけた。
一滴も飲まずに、シャキッとして。優子から手を引け。ど助平野郎!と。

I代議士は、のらりくらりの話しばかりで返事はしない。大人だ。
女将さんと優子は心配そうに、片隅に佇んでいるばかり。

高倉健の「死んでもらいます」。あの台詞が言いたかった。
映画「卒業」のラストシーンみたく、優子を奪い去りたかった。

I代議士は悠然と酒を飲んでいた。

・さよならは言わない

好きな人と一緒に添い遂げる。それもまたいいでしょう。

優子とは、それは出来なかった。

しかし、短い人生に決して忘れることのない一輪の花であったのは確かです。

私は、この体験談を書いていて思いました。

誰しも、何かひとつは秘密の宝物を胸の片隅にしまっていると。

その宝物に支えられていると。

たとえ、結果がどうあれ。

優子。生きているうちに、またお会いしましょう。

愛しています。

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